四川の工芸美術
四川の工芸美術は歴史が長く、五千年前に溯ることができる。五千年前に各種類の玉製の器具と陶器がある。戦国時代には精緻な漆器と金銀器がある。先秦には蜀纈、東漢には蜀繍、蜀錦、唐の時代には蜀箋,唐、宋の時代には邛窯,明、清の時代には瓷胎竹編がある。そのうち、成都の蜀繍、蜀錦、金銀器、漆器、瓷胎竹編及び成都周辺の都江堰のカーペット、糸製のカーペット、玉製の器具、新繁の棕櫚製の編み物、祟慶と邛崍の竹細工、邛崍の美術陶器などが有名。そのほか、「三絶」と呼ばれている自貢のグン扇、切り紙と紮染(抜染、防染)、広元の白花石刻み、剣閣杖、江安の竹製工芸品、綿竹の旧正月の絵、青神の竹細工など。改革開放以来、渠県の竹細工、営山のおもちゃ、新都西充の錦織、宝興の玉石彫刻、イ族の漆器とチベット族、チャン族、イ族の飾り物と民族風の工芸品が開発された。
蜀繍
四川の蜀繍と江蘇の蘇繍、湖南の湘繍、広東の粵繍は中国四大名繍と呼ばれ、中外に名高い。蜀繍は川西民間から起源して、有名な史学家の編集した<華陽国志>という史学著作でもう蜀の錦と繍をともに“蜀の宝”と記載されていた。西漢時代の文学家楊雄は自分の<蜀都賦>で蜀地の刺繍の優れた工芸を高く誉めながら、成都には至る所に“錦織”“刺繍”の場面が見えるといっていた。蜀繍は西漢の時代にもう一定な民間基礎があった。清の時代の中期、もう業種に成った。成都の九龍町、科甲町一帯に90個所ぐらいの手作り工場に発展した。役所が各県に設置した“勧工局”にも刺繍科が設置された。
蜀繍は柔らかいだんすと色彩の糸を主な原料として、花、鳥、虫、魚、獣、人物、景色などの主題を生き生きと表現されている。蜀繍には大幅のものがあれば、小型のものもある。高級な陳列品があれば、普通の日用品もある。その中では、「芙蓉鯉」、「パンダ」、「文君が琴を聞き」などが代表的なもの。北京人民大会堂の四川庁に陳列されている大幅の「芙蓉鯉」は長さ4.4メートル、高さ1.7メートル、32尾の形違いの鯉が刺繍されている。蜀繍の女官などの人物は衣服が錦のように奇麗で、刺繍されたパンダは可愛く、毛皮が本物のように感じて、芸術の最高品と誉められる。1999年12月にマカオが中国に帰した時、大幅の蜀繍「九寨パンダ」がマカオ特別行政区政府と人民への贈り物と国家に選ばれた。
蜀錦
蜀錦は四川の有名な絹織物で、歴史が長い。南京の雲錦、蘇州の宋錦、広西の壮錦が中国の「四大の有名な錦」と呼ばれている。その中では、蜀錦の歴史が一番長い。四川は中国では桑の生産が一番早い地区の一つ。紀元前四世紀に、蜀の人々が生糸で「絹」を織った。「絹」が陝西関中一帯まで販売され、秦の時代の地位の高い官吏に喜ばれた。錦が絹を元にして発展してきたもので、質と色のほか、花織りなどの工芸も増加した。錦が漢の時代には名高いので、「蜀錦」と専門的に呼ばれている。漢の時代には、皇族、官吏と富豪たちが錦を高等な衣服として使った。蜀錦が貢ぎ物として東漢王朝に大切された。東漢王朝が専門的な役所を設けて錦の生産を管理した。それで、蜀錦が大きな発展を遂げた。生産高が上がるばかりでなく、錦織の芸術が次第に上がった。唐の時代に、一対の飛んでいる鳥、走っている獣を図案としての「益州新様錦」ができた。それで、錦織の芸術は絹物の織りが工芸品の織りまで高められた。この時、錦が上層貴族の贅沢品になったし、「シルク・ルート」と外国への高等な贈り物にもなった。
今でも、日本の正倉院と法隆寺には「蜀江小幡」、「蜀江太子御絹傘」の糸が保存されている。「蜀江小幡」、「蜀江太子御絹傘」が蜀錦の代表的なもの。
解放前に成都には二千つの錦織の場所がある。楽山、南充と万県などの所には規模の大きい錦織の場所もある。新中国の成立後、蜀錦の生産は集団化になって、手作業から機械化に変えた。それで、質がよくなり、品種が多くなってきた。
蜀錦のモチーフが多種類で、例えば、山水、人物、花、鳥、虫、魚、神話物語、吉祥の文字、骨董など。二つの龍が珠玉を遊ぶ、二つの鳳凰が太陽に向かう、蓮池のおしどりなどのモチーフが伝統的なもの。
金銀工芸品
成都の金銀器の歴史が長い。成都の羊子山では戦国時代に車馬に使われた銀管、銀製の漆器、銀製のボタンが出土された。唐の時代に、指輪などの金銀製の飾り物ができた。五代前蜀の王建墓には漢の時代の金銅、漆耳杯と嘉平三年の平文鏡、銀製のボックスなどがある。
成都には銀糸の産品がたくさんある。例えば、瓶、皿、ボックス、屏風、装身具などのほか、山水、花鳥、人物などの大型と中型の陳列品も作られた。北京人民大会堂四川庁に陳列されている「鳳凰が翼を広げ」、「孔雀が尾を広げ」という銀糸品は直径が100センチメートル、何万個の太さの違った部品からなっている。
四川漆器
成都の漆器が少なくとも春秋戦国時代に生産され始めた。朝鮮の大同江のほとり、貴州の清鎮、長沙の馬王堆と湖北の江陵などの所では、「蜀郡」、「成市草」、「広漢郡」などの産地銘文の刻まれた漢の時代の漆器が相次いで出土された。それによって、2000年あまり前に、四川の漆器は裂けることなし、光沢、腐蝕を防ぐことのできる優れた性能を持っていて、当時漆器の生産が発達したということがわかった。そして、種類もいろいろとある(ボックス、皿、耳輪、扁平な壷、机など)。色彩のペンキで漆器には獣、家禽、神などの画像を描く。
剣閣杖
剣閣杖が有名な手作りの工芸品で、「孔明杖」とも呼ばれている。木製の杖と籐製の杖に分けられている。制作工芸を基準にして、杖が自然杖と彫刻杖に分けられている。自然杖は大部分が籐で作る。そのうち、籐は降筋籐、空心籐と金剛籐などに分かれている。また、少数部分が黒塔子、紅檬木などの木製の材料で作る。
彫刻杖は全部木製。月日、星、山河、川、花鳥、虫、魚などが彫刻の内容として彫刻杖に入っている。剣閣杖は実用という働きとして、鑑賞価値が高く、文化内包が豊富で、芸術品と贈り物としても使われている。
剣閣杖は「声なしの詩、立体の画」と喩えられている。 |